Discommunication

日記帳

卒業研究

 中間発表が過ぎた。なんとか発表できたのであと半年の猶予を得た。

 留年が決まったのが去年の10月初頭、そこから研究を再開したのが今年の9月の第二週であった。2留が済んでの所で留保された事実は俺の中では大きい。

 

 実に1年の間、何をしていたのかというとこのブログの内容のごとく、何もしていなかった。中国語の勉強をしては投げ出したり、競技プログラミングの勉強をしては投げ出したり、将棋の勉強も今や投げ出そうとしている真っただ中。プリコネは辞めた。

 

 ただ、たとえ途中で投げ出したとしてもその過程が完全に無駄になるかというと、実はそういう訳でもない。

 例えば俺は競技プログラミングにおいてC++を用いていたが、研究を再開した際にはCで書かれていたコードをC++に変更した。それはインターネット上で参照したコードの大半がC++で書かれていた事が理由としては大きいが、利便性の問題も多々ある。

 例えばダイナミックな配列をひとつ定義するだけでも、C言語は"相当"面倒である。その点でC++に多少慣れていればさくっと定義できて、とても"扱いやすい"。

 

 そういった観点から見ると、短期的で無分別な完遂されない学習(そもそも特定の分野に関する学習に終わりはないが)であったとしても、何かしら活用される機会はあるのだなと言う気分にはなる。

 義務教育で無意味だと見做していた技術や家庭科や古文漢文の知識が生きるかもしれないし(本当か~?)(技術のはんだ付けとかは可能性としてはある)、そんな感じの気分になった。

 ちなみに専門的に学習しているプログラミングや計算機の知識については全くの皆無である。俺はCとC++を簡単に扱う事しかできない。javaはマジで書けないし、rubyも1年の時にサークルで少し習ったがもう分からん。でも学び直せば書けるんじゃないのか~?って気分はある。日本語話者が英語を用意に学べるかと言われるとそうではないが、プログラミング言語は多言語の学習が比較的容易な印象はある。所詮は低級言語をどのように表現するかに過ぎない

 

 話を戻して、中間発表はそんな中3週間強の準備期間で研究、予稿、スライド、発表練習という過程を経る必要があったが、まず無であった研究を2週間で最低限の形にした後、1日で予稿を書いて1週間かけて修正してスライドを6時間で作って発表の為の原稿を1時間で仕上げた。

 こうも馬鹿げた日程になるのは、偏に俺のたわけた精神性による。

 面倒なことは限界になるまで後回しにするADHD特有の症状は、実に小学生の夏休みの課題からずっと、俺の中に根付いている。というか高校になってからは夏休みの課題を夏休みが終わってから学校の休み時間で解いていた。提出が2か月遅れとかになっていて無関係な他の先生にその話を聞かれて笑われた記憶がある。

 

 閑話休題

 

 中間発表が終わったが、特に何か特別なことが起きるわけではない

 大学には研究以外で行く必要が無い。卒業に必要な単位は取り終えている。

 就職活動はする必要がある。もちろん研究も続行しなければならない。

 今から就活をするのは、実の所少し楽しみでもある。

 俺みたいに『卒業できるか分からない』から就活をしていない、といった人間を除けば(或いはこれらも無能として含めても良い)、売れ残った商品の在庫処分みたいな形になることは容易に想像される。

 正直やる気に満ち溢れた意識の高い人間と一緒に面接とかしたくないので、これはこれで有りかなという気分である。

 働く場所はどこでもいいが、コミケにはあと3年は行きたいから東京の近郊がいいな~とか皮算用もしている

 

 なんにせよ無事に済んでよかった。人生死ぬ気になれば大概のことはなんとかなる