Discommunication

日記帳

散文

 ツイッターの良いところでもあり悪い所でもあるのはコミュニケートが双方向性である所

 俺は一方的に発言して一方的に観測したい

 だから俺は基本的には必要が無い限りアカウントから鍵を外したくない 俺のツイートがまかり間違って炎上したら面倒ではあるし、またそもそも他人に見られることを前提としたツイートをしない

 

 俺の文章は脳裏に浮かんだ文字列、感情の発露に過ぎない

 つまるところ意味は無く、単純にチラシの裏に落書きしているような感覚。もちろんそれはこのブログも含む

 俺のこのブログに有益な情報など皆無で基本的には訳の分からない文字の羅列が続いているのはこの記事を見れば分かるが、俺がしたいのはまさにそれ

 

 他人との関わりを断つと、自己表現の場は限られる

 とりわけ友人関係が希薄で、また関係性を保つことが苦手な人間である俺なんかは特にそう

 親しくなるほど嫌いになる傾向にある 俺の許容範囲は相手への感情に左右されないから、接触回数が増えるにつれて不快な出来事がstackしていって閾値を超えるともう無理だなとなる それとは別個に、人間的相性もあるが

 

 何が言いたいか 何も言いたくない

 俺はただ感情の羅列を脳裏に思い浮かんだ表現を表現として表現したい

 

 人生はストレスがたまる たいていのことは思い通りにいかない 自分でコントロールできるはずの事象ですらそう

 文章に脈絡がない 脳裏は破壊されている 思考回路が体系だっていない

 こういったことをつらつらつらつらつら書き連ねたいのが俺