Discommunication

その時に応じて流行ってる事を

小説を書くことは難しい

 二年前の夏休みに小説を書いて不労所得を得たいと考えたが、今は無謀だったと痛感している。

 まとまった話を書くのは難しいし、別に無軌道に描き続けようが人気が出れば問題ないのだろうが、なろう小説で人気を博する為に必須ともいえるのが更新頻度であり、高く保てるほどに執筆意欲を持ち続けることも難しい。

 

 カタカタやってると疲れるし、書いてる瞬間はまあ面白いなと思っても寝て起きてから見直すとつまんねえしなんでこんなことやってるんだという気分にもなる。

 そうやって作られた小説の残骸らしきテキストフォルダがPCに山積している。見ると最古は五年前であり、高校の時分に書かれたものだと分析できる。読んでみると素晴らしい文章力に感動してしまった。キンキンキンと変わらないレベルだった。他人を馬鹿にしていても、いざ自分の文章を見ると五十歩百歩だと理解させられる。挙句まともに完成させる気もないのだからそれ以下といえる。

 

 方法論のようなものを調べようと思ったがやめた。小説の書き方を他人に教わるのはおしまいな気がする。それで書けるようになる気もしないし、そもそも書いてすらないし。創作的活動は精神の安定に寄与するらしいが続けているとむしろ不安定になりそうだな。ある意味このブログもそうなんだろうけど。

 

 娯楽物がつまらないと思った時、その娯楽物の質が低いという考えもあるが自らの楽しむ能力が低いという考えもある。なろう小説はポイントが高いものしか基本的に読まないし、俺の能力が低いだけなのかもしれない。

 後期の目標はジムに通うことでしたが、なろう小説の日刊を楽しむ能力の育成も加えたいと思った土曜日でした。夏休みももう終わりだ。

 

 追記:今このブログを半年ぶりに自分で見返しましたが過去記事に参照しにくいのでカテゴリ分けを少し頑張ろうと思います。多分だれも見てないけど